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岡山地方裁判所津山支部 昭和48年(ワ)92号 判決

原告

安黒正治

原告

安黒広子

右両名訴訟代理人

豊福英彦

被告

安東組こと

安東光盛

右訴訟代理人

竺原魏

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  被告は原告らに対し各金五〇万円及びこれに対する昭和四七年一〇月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  原告の請求原因

一、昭和四七年一〇月八日、訴外亡安黒方信(当時満五歳、以下単に被害者という。)は、子供二人と一緒に、津山市上河原一一五の三所在の被告が所有、使用している資材置場において、同所に置いてあつた被告使用所有のベルトコンベアの先端にぶら下つていたワイヤーロープを引張つて遊んでいたところ、ベルトコンベア先端が同人の頭上に落下し、このため同人は頭蓋骨々折により死亡した。

二、右資材置場には時折子供が入つて遊んでいたものであるところ、被告は同所に石ベルトコンベアを常時組立てて置いていたのであるが、その高い部分の先端(同所にはエンジンが取付けてある)にはワイヤーロープが幼児の手のとどくほどの位置までたれ下つていて、幼児がこれを引張れば容易にコンベア先端部が落下する状態にあり、そして同資材置場には一部に有刺鉄線が張られていたものの、その張られていない個所があつて容易に子供が入りうる状態に放置されていた。

右によれば、被告としては、右資材置場を子供がこれに入ることのないように管理し、かつ右コンベアで子供が遊んでもそれが落下することのないような措置を講ずべき注意義務があるものというべきところ、これを怠つた過失があり、また右コンベアは常時組立てて置かれていたものであるから、民法七一七条所定の土地の工作物に該当し、被告が所有しかつ占有するものであるところ、その管理に瑕疵があつたというべきである。

そして被害者は、被告の右過失及び工作物管理の瑕疵によつて、右資材置場に入り右ロープを引張つて遊んでいて死亡するに至つたものであるから、被告は民法七〇九条もしくは同法七一七条に基づき、右死亡による損害を賠償する責任がある。

三、原告らは被害者の父母である。

同人は死亡当時満五歳の男児であり、右事故に遭わなければ満一八歳時以降四五年間、少なくとも月四万円の収入をあげえたはずであり、その生活費として二分の一を費消するものとみるのが相当である。よつてその逸失利益損害額は、ホフマン方式により中間利息を控除し、左の算式のとおり三七四万六六〇〇円となる。

40,000×0.5×12×17.030―3,746,600

原告らは同人の相続人として同人の死亡によりその右損害賠償請求権の二分の一の各一八七万三三〇〇円を相続により取得した。

また原告らは同人の父母として同人の本件事故死により深甚な精神的苦痛を蒙り、その慰藉料額は各二〇〇万円とするのが相当である。

四、よつて原告らは各々被告に対し右合計各三八七万三三〇〇円の損害賠償請求権を有するところ、うち各五〇万円を請求する。

第三  被告の答弁

一、請求原因一項の事実中、原告ら主張の日時場所で被害者が死亡したことは認めるが、その余は不知。

二、同二項は争う。本件資材置場は被告が安東組の名で営む土建業の資材、器材を置くため所有使用するもので、四囲は有刺鉄線や鉄格子で区画し、一見して外部からの出入を禁ずることを明らかにしていた。ただ南側に幅四米位の出入口が開放されていたが、それは自動車の出入に不可欠のものである。またベルトコンベアは右営業上不可欠のもので、その一方の端にはドラム罐を置いて安定を保持していた。従つて被告に原告主張のような過失はないし、原告主張のようなコンベア管理の瑕疵もない。

本件事故は専ら、右のような管理にもかかわらず被告所有地に侵入し、コンベアにいたずらをした被害者ら子供の過失及びこれを放置した原告らの過失に由来するものというべきである。

三  同三項は争う。

第四  証拠関係〈略〉

理由

一〈証拠〉を綜合すると次の事実を認めることができ、以下に指摘するほか他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

1  昭和四七年一〇月八日、被害者亡安黒方信(当時満五歳)は、同年配の幼児二人と一緒に、津山市上河原一一五の三所在の被告が所有し資材置場として使用している土地内に入つて遊戯中、同所に設置されていたベルトコンベアのエンジン部を取付けた一端が同人の頭部に落下し、よつて頭部を打撲されて間もなく死亡した。

2  右資材置場は、被告が安東組の名で営む土建業のための資材、器材を置くため所有、使用している広さ約七〇〇坪余のほぼ型をなす土地で、津山駅方面から一宮方面に通ずる幅員約六米の通称鶴山通りに接してその東側に位置し、北側ゴルフ練習場「鶴山ゴルフセンター」との間に幅員約2.5米の私道があり、南側に沿つて幅約四米の私道がある。付近一帯はもともと農地であつたが、右事故当時宅地としての開発が漸次進められ、まばらに住宅が存在していた。被害者宅は右資材置場北西端から約一〇〇メートル北方に鶴山通りを進んだうえその約二〇〇メートル西方に位置する。

右資材置場の四囲は、ほとんど建物、塀、鉄扉及び有刺鉄線で囲繞されていたが、南側の中央よりやや東寄りの位置に前記私道に接して幅約四米の部分が車両の出入口として開放されていたほか、北側のゴルフガーデンとの間の私道に接する部分には有刺鉄線を張つていたものの、その一部に自転車をもつて人が入ることのできる程度の隙間があつた。もつとも右出入口及び隙間は、公道である鶴山通りから前記各私道を相当東に入つた位置にある。また右南側出入口の東側、即ち資材置場の東南角にはブロック塀で区画された被告の子安東良修方居宅がある。資材置場内には所々に建築用資材が置かれていたが、そのほぼ中央部分は相当広い空地になつている。

同所には、被告ないしその従業員が朝資材を工事現場に搬出するため、及び夕刻仕事を終えた後資材を戻すため立寄るほか、その間たまに資材を取りに戻ることがある程度で、その余は無人であり、また前記安東良修方も昼間は概ね留守になる。一方同所には、近所の子供が入つて遊ぶことが全くないではなかつたが、頻繁に子供が出入していたわけではなく、同所は右のとおり昼間無人のことが多いため被告やその従業員らは、少くとも前記のように有刺鉄線を張り廻らした後は稀に子供が入つて遊ぶのを目撃したりあるいは他から聞いたりしたこともなかつた。

3  本件ベルトコンベアは、建設資材である砂利等を地上から車両に積込むための機具として、被告が右資材置場の前記中央空地部分の北西寄りに常時設置しておいたもので、鉄骨で組まれた長さ約七メートルの細長い機体にベルトが装置され、別紙図面のとおり、その一方の端の上部にエンジンが取付けられており、この機体をV字型の鉄骨支柱で支えて、エンジン取付部を上方にし、他方の端を接地させて設置されていた(以下上方に位置するエンジン取付部を上端部と、他方の端を接地部という。)。エンジンによりベルトを回転させ、砂利等をその接地部のベルト上に乗せてベルトの回転により上方に移動させたうえ、上端部の下に車両荷台を位置させて、その部分に砂利等を落下させ積込むものであり、右積込みはほとんど連日に及ぶため被告は右のように組立てたまま置いていたものである。そして上端部には、秒利等の落下位置を調整するためちぢれたワイヤーロープが取り付けられてたれ下つており、その長さはちぢれた状態で約0.8メートル(地上高約1.3メートル)、伸ばすと約1.65メートルになる。ベルトコンベア上端部の地上高、支柱の取付位置等は別紙図面記載のとおりである。

ところで、右のとおり設置されたベルトコンベアは、支柱の接地点を支点としてシーソー式に上下するところ、上端部にエンジンが取付けられているためその部分が重いが、支柱取付位置を全長の中心よりかなり上端寄りにしている(図面参照)ため、右設置状態において一応安定を保つており、相当の力をもつて上端部を下方に引張るか接地部分を持ち上げるかしないとシーソー運動を開始しない。どの程度の力をもつて右運動が開始されるかは本件証拠上確定しえないが、少なくとも、人が単に機体の一部に触れたりぶつかつたりあるいは支柱を押したり引いたりする程度では運動を開始しないが、幼児でも上端部にぶら下れば運動を開始するものと推認される。

なお、被告は平素右ベルトコンベアの接地部分の上に、安全のため重さ約一〇数キログラムのドラム罐一個を乗せていたところ、本件事故当日それがいつものように乗せられていたか否かは証拠上確定しえないが、少くとも乗せられていなかつたと断ずることはできない。

4  以上の事実から、被害者は他の子供二人と共に右資材置場で遊戯中、前記ワイヤーロープにぶら下つたため(あるいは他の子供二人が何らかの力を添えたかも知れない。)、ベルトコンベア上端部がシーソー式に落下し、よつて本件事故に遭つたものと推認される。

二右事実に基づき被告の過失の有無につき判断する。

ところで、自己所有地といえども、そこに他人の生命身体を害する虞れのある危険物を置くときは、他人がそこに侵入することのないように、あるいは侵入しても事故の発生することのないよう社会通念上相当な措置を講ずべき注意義務があるというべきであるが、侵入防止のため要求される措置の程度はその危険物の危険性の程度に応じて考えるべきであるし、他方危険物自体の安全確保のために要求される措置も、そこに他人が侵入する蓋然性の程度に応じて考える必要がある。即ち侵入防止の措置と危険物自体の安全確保措置とは、これを相対的に考察して注意義務の内容を定める必要がある。

そこでこれを本件についてみるのに、本件資材置場は、前認定のとおり建物、塀、鉄扉によつて遮閉されている部分の他は概ね有刺鉄線が張り廻らされていて、一見して私有地であつて外部から無断で侵入することを禁じていることが観取しうるし、南側出入口及び北側有刺鉄線の隙間も公道から私道を経てはじめて入りうるものであるうえ、南側出入口の近くには安東良修方居宅があつて、いささか無断で入りづらい体裁になつている。そして日常頻繁に子供が入つて遊んでいる事実状態があるわけでもなく、稀にそのようなことはあるものの、被告(ないし従業員)はそれに気付いておらず、それに気付かなければならないという客観的事情もない。他方本件ベルトコンベアは、その上端部が落下すればその下に居る人を死傷させうるという点で一種の危険物といつて妨げないが、一応設置の態勢において安定しており、たとえ子供が入つて遊んでも、単にその付近を遊び廻わり、それに触れあるいはぶつかるといつた事態においては危険はなく、故意にこれをシーソー式に動かそうとするときにはじめて危険が生ずるものであつて、しかもその外観から通常の判断能力を有する者である限りこれを故意に動かせば危険であることを観取しうる体のものである。もつともベルトコンベアに前示ワイヤロープがたれ下つていて、そのため幼児である被害者がこれにつかまつてぶら下ることを可能ならしめたものと推認されるのであるけれども、右のとおりその危険なことは一見して明らかであるから、他人が侵入すれば当然にこれを引つ張る可能性があるというものではない(仮りにワイヤーロープを取外しあるいはまき上げていたとしても、台に乗つてこれにぶら下り、あるいは他の者が下端部を持ち上げ、あるいはコンベアによじ登るなど、その危険性が余すところなく払拭できるというわけではなく、言いかえれば、右ワイヤーロープの存在がベルトコンベアの危険性を決定的に増大せしめたというわけでもないのである。)。右のような危険性の認識は、学令児になれば一般に理解しうるであろうし、これを理解しえない程度の幼児が付添いなく入つてきて遊ぶようなことは、特に付近一帯の住宅事情から考えて、定型的に予測しうることでもないというべきであろう。

このように、本件資材置場が、外部からの侵入を禁ずることが一見して明らかにされ、客観的にもそれに侵入するには相当の抑制を促すような形状の私有地であつて、日常定型的に他人特に子供侵入が予測されるわけでもなく、しかも本件ベルトコンベアが、故意に危険な遊び方をするのでない限り危険性のない性質のものであることを考慮すれば、被告としては、右をもつて、社会通念上要求される相当な程度の危険防止の措置に欠けるところはないものと解するのが相当であり、それ以上に外部からの侵入を完全に遮断しもしくはベルトコンベアの利用の都度支柱から外すなどの措置を講じ、あるいは見さかいのない幼児が侵入して前記ワイヤーロープにぶら下り引つ張るといつた事態を予測してこれをまき上げておくといつた細心の注意まで払わなければならない注意義務は、道義的にはともかく、法的には肯定しえないものと考えるのが相当である。

よつて被告に本件資材置場ないしベルトコンベアの管理上過失があつたものとは認め難いから、原告の民法七〇九条を根拠とする主張は理由がないといわなければならない。

三次に原告は民法七一七条の工作物責任を主張するので、本件ベルトコンベアが土地の工作物に刻当するかどうかにつき判断するに土地の工作物とは土地に接着して人工を加えて作つた物ないしこれと一体をなす物というべきところ、本件ベルトコンベアは、〈証拠〉によれば、二、三人で約一時間程度かけて解体しうるものであることが認められ、〈証拠〉に照らせば、それほど大きな規模の物ではなく、有姿のままでも数人の力によつて(支柱下部の車輪によつて)移動しうる程度のものと認められ、しかも人がこれを土地に定着した不動のものと見誤るおそれのある形状のものでもないから、それ自体をもつて土地の工作物に該当するものということはできず、また他の機器や建物と一体となつて一つの企業設備を構成するといつた種類のものでもない。

よつて本件ベルトコンベアは土地の工作物に該当するものというをえないから、爾余の点を判断するまでもなくその主張も採用できない。

四よつて原告の本訴請求は全て理由がないものというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(浜崎恭生)

ベルトコンベア設置状況概略図〈省略〉

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